スパイのためのハンドブック − ジェームズ・ボンドに憧れるあなたへのスパイ入門書

  長い梅雨が終わったと思ったら毎日毎日あっつい八月でしたね。そして、もう九月です。なんてこったい。

 

 

 今回読んだ本は……まあちょっと異色といいますか……
 1982年初版、現在23刷のこいつ。

  スパイのためのハンドブック
 ウォルフガング・ロッツ著
 朝河伸英訳
 ハヤカワNF文庫

 

 ハヤカワノンフィクションにはこれまで散々お世話になってきましたが、いつも科学系の本ばっかりでこういう手記のようなものを買うことって無かったんですよね。それでも今回手に取ったのは、カバー折り返しのところにある著者プロフィールに惹かれたからです。

 

1921年、ドイツに生まれる。ナチス台頭のため、パレスチナに移住する。16歳で騎馬警官隊に入隊した後、イギリス軍に編入第2次大戦後は、イスラエルの建国と同時にイスラエル軍に入隊し、秘密諜報部(モサド)所属のトップ・エージェントとして活躍した。 

 

 ………ガチの人ですやん…………………!!!

 

 プロフィールからわかるようにユダヤ人で、エジプトでの諜報活動を行ったエージェント。生まれがドイツなのでドイツ語ペラペラで、世を忍ぶ仮の姿は「金払いがよく派手な人付き合いをするドイツ人元将校・現馬の調教師」。
 最終的にはエジプトで捕まるのですが、「うまいこと」やって死刑を免れるどころか数年で5千人のエジプト人捕虜と引き換えに出所したと本の中で語られています。嘘だろこいつ。

 

 前置きが長くなりましたがこの本は、そんなガチの元スパイが書いた、スパイになるための手引書です。


 ページを開くとまず、「スパイ適性検査」があります。質問に答え、点数を集計してからその講評を読む。曰く、スパイに向いている者は……

 25歳〜35歳、当然もっともらしい嘘をつく能力が必要だが、大嘘つきは必ずしも良くない。冒険家タイプは好ましく、金銭が目的でも構わないが、普通情報部は金払いが悪いので期待してはならない。国のためをうたう「理想主義者」は最悪。

 云々。自分もやってみたのですが、見事に「凡人」でした……「慣習のために相当身動きが取れなくなっている」そうです。はい。思い当たることしかないですね。こんなでも情報部でも使い道はあるそうですよ。どんな使われ方するの(震

 

 適性検査を終えたら次の課題は、いかにして情報部と接触するか。それを超えたらスパイの研修について、ニセ身分の作り方、尾行の巻き方、金の使い方……と軽妙な語り口で紹介していきます。自分の体験と具体例・ケーススタディが多めなので想像しながらもどんどんと読み進めていけます。色々とスケールが大きくて真っ黒くろな世界なので、楽しい(笑

 情報収集といえばいわゆる「ハニートラップ」についての忠告も多いのかなと思ったのですが、なんとこの著者、本国や上司に黙って勝手に結婚した経歴を持つため(もちろん自分がスパイだって当時彼女に話した)、「俺が言えることはないんだわ」みたいなことをぶっちゃけます。

 また「もし収監されたら」という項目では、「入るとしたらどの国の刑務所がいいかって?やっぱりエジプトだな。あそこ汚職まみれだからぬるいぬるい(嘲笑」ということまで言います。

 むっちゃくちゃだな!!

 イギリス仕込みかその皮肉。こんなこと堂々と書かれちゃったエジプト司法当局は腹ワタ煮え繰り返っただろうなあ。英雄的スパイになろうと思ったらこの豪胆さが必要なのか……嫁については著者は真似するなって言ってるけど……

 

 諜報機関はその特性ゆえに存在丸ごと隠そうとする傾向があり、イスラエルモサドも例外ではなく、当然本の出版については大揉めに揉めたみたいです。
 ロッツの一冊目「シャンペン・スパイ」を出す際の大騒動についても記載されているのですが、まあ幾らか盛っているだろうとしても、組織人として厄介な人だなあというか敵に回したくないなというか……


 スパイになるためにはこの「どんな手を使ってでも目的を果たす」という気質と、それをこなすだけの技術が必要なのだなと痛感しました。豆腐メンタルの私には無理そうです。

 

 

 次はぜひ「シャンペン・スパイ」を読みたいですね。この人の人生、気になる。