現実と虚構

三連休が終わってしまったー

こんばんは。

そろそろ大型連休が欲しい。

お正月まではまだちょっと遠い。

さてお久しぶりですブックレビュー。

高い城の男

フィリップ・K・ディック 著

浅倉久志 訳

早川書房

歴史改変ものSF。

サイエンスっぽさが全くなくて

単に小説と読んだ方が良いのかもしれないけど

その件については実際にこの小説の中で弁明されているので

これをSFと呼ぶかについても小説をご覧くださいといったところ。

舞台となるのはWW2後アメリカ大陸。

ただし、戦争の結果「枢軸側が勝った」という設定。

元々この本に手を出したのは

この設定とフィリップ・ディックの組み合わせが気になったからです。

日経サイエンスのどっかのコラムにちらっと書かれていたのを目にして

(どんなコラムだったか本筋が思い出せない)

「電気羊の人そんな話も書いてるのかー」と仕入れました。

動機が浅いね!

そんなもんだよ!

日本が中国含め環太平洋地域をぐるっと治めていて、

ナチス・ドイツが欧州とアメリカの東側半分を押さえてる世界。

でも別に日独の仲が良い訳ではないあたり、戦後の米ソに似てます。

ただ日本はなんだかノンビリした統治をしていて大丈夫かよと思うぐらいですが、

ドイツがナチ党のままなのでドイツやばいドイツ。

ユダヤ人収容所送りは続いていてアフリカ大陸も暗黒大陸化。

内部抗争激しく、その発露として火星探査まで行なわれています。

でも技術は一番進んでいてドイツの科学は世界一イイイイイイイイです。

冷戦期のように国家間の苛烈な開発競争が行なわれてはいません。

そんな時代背景。

そしてこのお話の中のキーとして、

「イナゴ身重く横たわる」という一冊の本が出てきます。

この本が「WW2で連合側が勝ったら」という「歴史改変ものSF」。

なにこの表と裏がひっくり返った世界。

こういうのってメタフィクションっていうんですかね?

いやもちろん「イナゴ」の世界は戦後世界とはかけ離れているんですが。

ちなみにこの本のタイトルの「高い城の男」というのが「イナゴ」の著者のことです。

「高い城」は「イナゴ」を書いたがためにドイツから目を付けられた彼が

立て篭っていたお城のこと。

いやもう「この本」って言葉が一瞬どっちか分からなくなる辺り

鏡の間に落ち込んでしまってますね。

単に私の文章力の問題である可能性も大いにありますけどね!

この本は二元論に満ち満ちています。

それは話の中で「易経」が頻繁に行なわれることからも知れますし、

易経自体もストーリーの重要なキーになっています。

勝者と敗者、

価値のあるものとガラクタ、

本物と偽物、

現実とフィクション。

何が現実で、本当で、

何が物語で、偽物なのか。

本物であるって、どういうことだ。

そんな問に満ちた一冊です。

最後の最後で「高い城の男」が衝撃のカミングアウトをします。

「『イナゴ』は易経で書いたんだ」

そして「易経」はこう続けます。

「だってこれが真実だから」。

何となくそんないやな予感はしていたものの、

物語は思っていたよりもかなり強引に読者を巻き込んでそのまま閉じてしまう。

なんだこれーーーひどいぞーーーー!!(誉めてる

とまあここまでお話の外枠みたいなものを書きましたが、

このお話自体は、群像劇です。

登場人物は「アメリカ伝統美術工芸品」を元にして、

緩やかに繋がっていますが、

大体話が4カ所に分散して展開していきます。

古美術商チルダン、

金属加工屋フランク、

その妻ジュリアナ、

日本の高官で通商を担う田上。

あともう一人スポットを当てるとしたら

ナイロン成形技術の売り込みに来る「スウェーデン人」のバイネスかな。

皆それぞれに不満や、悩みや、やり切れなさを感じながら

日々過ごしていく辺りが陰鬱とした気持ちにさせてくれます。

特にチルダン。

こいつ気持ちの乱高下が激しくてびっくりするぐらい卑屈。

ちょろいっちゃちょろい奴なんだけど。

この鬱々としたところのある人たちが、

それぞれ、「キレる」シーンが有ります。

きっかけや動機はまた色々なのですが、

キレることによって彼らは、

劇的にというよりは、

ゆらゆらと体をゆらしながらも、

しっかりした足場の上に立ち上がります。

「うるせーよバカやろーーーー!」(意訳)

と言って退ける田上氏は見物です(笑

田上氏いいわあ。

多分この本を読んだ感覚って、

日本人と米国人では全く違うんだろうなあと思いつつ、

物語って何だろね、といつものところへ落ち着く私でしたとさ。