結構悲しい気分になっている自分に驚いております。
どうもこんばんは。
ディズニーランドに遊びに来てうっかり捕まっちゃったという
軽いイメージしか持ち合わせておりませんが、
あの北朝鮮の金ファミリーの長男がこういう最期を迎えると
王子様ってのも楽じゃないなと感じてしまいます。
それにしたって中国は大失態ですねえ。
さてそれはさておき。
映画は滅多に見に行かないといいつつ
昨年はズートピア、シンゴジラ、君の名はという話題どころは押さえたなという一年でした。
邦画が豊作だったと言われておりますね。
で今年一発目も昨年からの余波でして、
「この世界の片隅に」
を見てまいりました。
よかった。
や、ゴジラを見たときのような、
「おすすめだから!!見に行って欲しい!!合うかわからんがな!!!」
っていう感じの興奮はありません。
でもなんといいますか、
かみしめるような映画でした。
映画鑑賞より前に
NHKのクロ現+でこの世界の片隅にを扱った回を偶然見ました。
そこでは語り部のような活動をしている方が出てきたのですが、
その方がぽつりと言っていた言葉が、
「ああ、こういう伝え方もあるんだな、」
でした。
あんまり嬉しそうな感じではなく、気づきを得た感動でもなく、
悔しいような、軽くショックを受けたような、
苦味のある、そんな言い方でした。
これを受けて、見に行ってみたくなったのです。
そして思いました。
「そう、そうだよ、そうなんだ」
はっきり言いまして、戦争映画の類は好きではありません。
火垂るの墓でお腹いっぱいです。
同じ時間を費やすのに何故憂鬱にならねばならぬのかと思います。
ですから8月15日付近の戦争特番も嫌いなのです。
どことなく説教くさいし。
見てもらいたいなら、
聞いてもらいたいなら、
もう少しエンタメとして面白くせんかい!と。
見るべき知るべきではなく見たいと思えるものを出せと。
そういう意味でも、
この映画はとても良かったと思います。
なにせ基本的には日常風景なのです。
「戦時下ってだけで」、日常なのです。
徐々に空襲警報が多くなって、
何割かは空振りでも何割かは本当に爆撃される。
それでも失敗しつつドジを踏みつつ
あれやこれやと献立を考えて、
お使いに出て、
防空壕を作って、
旦那といちゃいちゃして、
畑仕事もして、
たまにスケッチをして、
葬列を見送って、
裁縫もして、
と毎日を送ります。
だからこそ突然手の中に降ってきた暴力が、
理不尽が、
急転直下で襲ってきたときの辛さがすごかった。
いえ死が徐々に近づいてくるような兆候はあったのですが、
やはり自分が幼子がとなると衝撃が大きかった。
そして、それでも生活していく。
日常の中に戦争が入り込んでくるってのはこういうことなのだと、
戦争が日常になるってのはこういう感覚なんだと、
そう思った映画でした。
生活していくことのタフさみたいなものも感じました。
さあさあ、生きていかねばならない。
ここは世界の片隅で、
そこにささやかな営みがあるのだ。