しあわせであること、安定していること

 

空梅雨もいいとこな関東某所です。

 

こんばんは。

今年も断水かあ!?

 

さてお久しぶりなSF本。

以前書いた「1984年」同様ディストピア小説の古典であり必読本。

 

すばらしい新世界

オルダス・ハクスリー

大森望

ハヤカワepi文庫

 

まず感想。

 

すばらしい新世界だった………人類は早くこの方向に進歩すべき……(ぐるぐる

 

あとがきにもある通り、

1984年との最大の差は雰囲気だと思う。

1984に有った暗く重たく息詰まる雰囲気はなく、

むしろ明るくコミカルでユーモアがある。

実は伊藤計劃の「ハーモニー」にちらっと出てくるんだよこれ。

ハーモニーはもっとこういろんな意味で「やさしい」世界だったけれど

あれよりはもっと刺激的というか振り切れていて過激。

 

舞台設定は西暦でいうところの2540年。

やっぱり英国だが、この世界に国はなさそうである。

世界を統べる数人の統制官に始まる絶対的なピラミッド型階級社会。

T型フォードのフォードが神様的ポジションにいる程度に物質主義。

医学の発展によってほとんどの病は駆逐されている。

老いもなく、皆が若い頃の体を保ち60歳で死ぬ。

そして人間が比喩でなく「瓶から」生まれる。

もっと言えば、人間が「生産」されている。

ベルトコンベアの上を流れて。

 

管理された人口調整というレベルではない。

人間は出産しない世界。

出産するなんて…何と恥ずかしい!!

 

これが全編を通して現実世界とは相容れない道徳観倫理観を持つ世界を形成している。

出産から解放された世の中には結婚も家族もない。

父親母親という言葉は非常に下品な言葉。

不特定多数の人と性関係を持つのが文明人の証。

お題目は「みんながみんなのもの」。

 

そして瓶から生まれてくるすべての人間は、

瓶にいる間から社会的階級を決定付けられ、

それに応じて児童期までを通して徹底的に「条件付け」と刷り込み教育が行われる。

将来己がつく仕事を好むように。

反社会的行動を取らないように。

 

個人の感情は全く尊重されず、

感情の起伏はできるだけ抑えられるべきであり、

しかし欲望は消費と結びつけられるために積極的に肯定される。

いざ感情が押さえ切れず、嫌な気分になったら

合法ドラッグ「ソーマ」に頼って逃避する。

使い続けても発狂したりしない理想的なドラッグ。

 

とまあ、こんな世界だ。

だが面白い。

生まれるよりも前から価値観が刷り込まれきっている。

階級社会、幸福なのが義務なのです、なパラノイア世界だが、

基本的には皆本当に「しあわせ」だ。

なにせ何にしあわせを感じるかどうかすらコントロールされている。

素晴らしくしあわせだ。

命を脅かすものといえば急な災害ぐらい。

そして快楽が安い。お手軽。

 

部分部分では「あ、いいなこの世界」と思うところもあるあたりがこの小説の憎らしいところ。

1984世界はごめんだが

ここまで徹底してくれればいいかもな……とかね。

何せ生まれた時から余白がないんだもんなあ。

初めから失われている選択肢など失われていることにすら気づかない。

 

外から見るとディストピアだが、

この描かれている世界を笑う我々が作中で笑われているのだから、

単に「価値観が違うだけですね」と言ってしまって終わりである。

悲劇が成立するのは不幸があるからだ。まさに。

安定して生活できているならば、反乱も起こらない。

神様は不要。救いを求める必要がないのだから。

 

……ありなんじゃね?(白目

いやほら、道徳なんて時代によるし。うん。

人生が安定してるって、大事なことだし。

結構世の中現金なものだからいけるんじゃね?

 

でもやっぱり「私の体は私のもの」というミァハも、自分の中にいる。

そういう世界…うーん……少なくともすぐに放り込まれたら耐えられん……。

 

 

そんな読み手を代弁するのが、後半の主人公、ジョン。

 

私は不幸になる権利を要求する!

と宣言するのは現代社会我々代表、「野人」のジョンだが、

そこまでいかずとも少しずつ社会からずれてしまって悩む人々が登場する。

 

文明人だけれど多人数と関係を持つのが不得手でついには恋に悩むレニーナ。

最上階級でありながら何らかの手違いで見合った心身を得られなかったコミュ障バーナード。

優秀すぎるがゆえに孤独を感じてしまうヘルムホルツ

事故によって野蛮な世界で生きざるをえなくなったリンダ。

 

しかししかし、彼らはみんな文明人なのだ。

「常識」との距離に悩むが、常識を持っているのだ。

もうなんかジョンが同士を見つけたと思ったら突き放される感じが

「もうおまえ帰ったほうがいいよ!相容れないよ!棲みわけたほうがいいよ!!」って言いたくなる。

まあ、変な使命感抱いちゃって帰らないんですが。お約束。

どのスケールの世界でもさあ……合わない人とは距離をおくことだよ……

相手の思想を変えようとは思わないことよ……(遠い目

 

話がずれた。

 

この世界のキーマン。

 

世界統制官であり世界を俯瞰するムスタファ・モンド。

ジョンとムスタファのやり取りがこのストーリーのクライマックス。

ジョンもまた極端なところがあるんだなあ……

快楽否定論というか人は苦労してこそと思っているというか

一昔前のブラック企業社長みたいな事言い出しそうな雰囲気……修行僧か君は……。

 

 

ジョンとムスタファの間でうろたえる自分の感覚が楽しかった本でした。

こういう感覚があるのが、現代社会に生きている私のしあわせだ。