人間やるのって疲れるよねわかるわかる

評価: --- --- --- ()

 

さてみなさま。

 

以前このブログでも紹介した、

「トースター野郎」を覚えているだろうか。

全くの原料、ゼロからのトースター作りに挑んだ、あいつである。

あれから6年(プロジェクト的には)。

 

人間をお休みしてヤギになってみた結果

トーマス・トウェイツ著

村山理子訳

新潮文庫

 

またやってくれました。

今度はヤギになるらしい。

英題が「GoatMan   How I Took a Holiday from Being Human」。

なんでそんなことになったかって、

要するに「トースター」で一発当てたは良いものの

それ以後はパッとした成果もなく、

しかし定職があるわけでもなく、

一方で彼女も友人も社会の中でキャリアを積んでいっているのを見て

著者はこう思うわけである。

 

「悩むのやめたい。そうだ、人間やめよう」

 

いやあ相変わらずのぶっ飛びっぷり。

昨今「人間やめたい猫になりたい」という人はネット上に溢れかえっているが、

この著者、やると言ったらまじでやる。

そして、ハッタリに溢れた予算申請書を出してしまう。

曰く。

 

1人間の五百万年の進化を元に戻し、四足歩行に適応する外骨格を制作する。

2草を食べて消化できるような人口胃腸を開発する。

3視覚、聴覚も適応させ五感を一新する。

4経頭蓋電気刺激を使って脳内の将来計画と言語中枢のスイッチを切って

 象の視点から人生を体験する。

5象の外骨格を身につけ、象になりきってアルプスを越える。

 

無茶苦茶だな?

としか思わないのだが、なんとこれが通る。

出資は「ウェルコムトラスト」、

医療研究支援が目的の英国の公益信託団体だ。

何を思って通したんだろうこの企画。

 

上にもあるように最初に著者が目指したのは「象」である。

しかし色々と考えた結果、なんと象になりたいという気持ちがなくなってしまう。

どうしたら良いか、と教えを請う相手がなんと「シャーマン」である。

怪しげな宗教団体のそれではない。

なるべく自然と共に生きることを旨とする村の「賢い人」。本物。

そのシャーマンになんの動物になるべきかを相談した結果、

散々馬鹿にされた後、

「ヤギだわ」

のお言葉をいただく。そしてこれが著者にはしっくりきてしまう。

 

かくして、ヤギになるプロジェクトが怒涛の勢いで展開する。

 

外骨格。

まず四足歩行というが、四つん這いになれば良いってもんではない。

人間の前足(腕)は後ろ足(脚)に比べて大分短い。

さらにヤギの体重は前足側にかかる。後ろ足はバネ用だ。

「逆に曲がってる膝っぽくみえるところ」は人間でいう踵にあたる。

ヤギはギャロップするが、これは鎖骨がないからこそ可能であって、

人間が真似をすると鎖骨が折れる。

この骨格差をどう埋めるか。

 

消化器官。

ヤギのような草食動物には胃が4つあり、うち1つで細菌を飼っている。

そして草(セルロース)を分解し、栄養源として利用している。もぐもぐと反芻する。

一方我々は雑食で、セルロースすなわち食物繊維は分解不可能である。

それはそれとして重要な役割があると言われているが、栄養にはならない。

なんとかして草を分解せねばならない。

 

思考。

どうやらヤギの思考には「時間軸」というものが無いらしい。

つまりふと過去の黒歴史に死にたくなったり、

将来を不安に思って眠れぬ夜を送るということが無い。

人間が過去をあれこれ悩むのは過去を語る言葉を持つから、

つまり脳の言語野との関連が示唆されている。

一方、神経伝達は電位差変化であって、電場と磁場は相互作用する。

つまり磁場によって、脳の言語野スイッチを切ることが……できる……?

 

著者はいろいろな専門家に会い、

何度も「ヤギになりたいんです」という。

怪訝な顔をされても食い下がる。

「バカヤロウ俺はやってやるぞ」が合言葉だ。

 

本当に危ない場合には全力で引きとめられながら、

ユーモアを交えて計画の進行が語られる。

お調子者っぽく描かれていて実際お調子者なんだけど

やりたいことに対して全力で前のめり。

この「語り方」も意図的に演出しているように見える。

頭は抜群に切れるし、馬鹿と天才が同居しているのがこの人なのだろう。

そして最終的にこの人この研究でイグノーベル賞を取ってしまうので、

なんだかんだ多分すごくきちんとしたレポートになったんだろう。

文体に騙されそうになるけど。

 

セルラーゼを著者に送ってしまった業者、

メール読んで青ざめただろうなぁ……

担当者めっちゃ怒られたろうな……気の毒に……(哀)

 

本に不満があるとすれば

プロジェクトのクライマックスであるアルプス越えを

もっと言語化して欲しかった……写真は素晴らしかったけど。

何時間ぐらいかかったのかもわからん。

そして結局なんて言ってウェルコムトラストを丸め込んだんだよおおお!!

そこ気になるやろおおお!!

 

 

「トースター」に続くトウェイツの試行錯誤、ぜひお楽しみください。

爆笑しながら読めた良い本でした。